ちょっとした知恵つけてきました。
2019年01月30日
おはようございます。
こんにちは。
こんばんは。
おやすみなさい。
どうも、早川です。
突然ですが、みなさん「徒然草」読めますか?
私はこれは読めます。
姉が中学生ぐらいのときだったか。父に「ねぇ、これなんて読むの?」と聞いていて
父が自信満々に
「とぜんそう」
と答えまして。
母から強烈に突っ込まれていたのを覚えています。
すごく情けない話ですが、そんな理由でずっと忘れることができず、私は読めるようになりました。
なかなか昔に習う人のことなので覚えている方の方が少ない気もしますが、作者は歌人の吉田兼好です。
その吉田兼好ですが、徒然草の一節にこんな言葉を残していました。
「家のつくりやうは、夏を旨とすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑き比(ころ)わろき住居は堪え難きことなり。」
どういうことかと言うと、家の作りは夏の暑さを重視しないといけない。冬はどうにでもできるけど、夏の暑さだけはどうにもできない」
みたいなことを言ってるみたいです。
確かに冬は、厚着すれば防寒になるし、火をおこしてしまえばなんとでもなるけど、夏はどうにもできませんよね。
昔はクーラーなんてないから、本当に大変だったと思います。
この吉田兼好の詩が基になり、住居に対する作り方の概念が変わっていったみたいです。
仕切りは壁ではなくふすまにして、夏はそのふすまを開けて風通しをよくした。
部屋の周りには縁側を設けて、その縁側の上には日差しよけをつけて直射日光を防げるようにした。
限られたもので、暑さ対策をしていたんですね。
確かに昔の由緒あるお寺なんかに行くと、外は暑いのに中に入ると涼しかったです。
縁側はおじいちゃんが爪を切るときに使う場所ではなかったんですね。
道具があれば道具に頼ってしまうけど、ない時代の人たちは工夫をしていたわけです。
あ、ちなみになんで今日はこの話になったかと言うと、父から昨夜電話があったからです。
父ネタを書いたことがないなーと思ったんですが、書くほどのことでもなかったので、ちょっとした父の知識不足なところをご紹介しつつ、住居関連のお話をしてみました。
誰得な話なんですが。
ということで今日は昔の人は道具がなくても知識はあるのに、うちの父は道具や環境が揃っていても知識はないよというお話でした。
後半、父を馬鹿にしすぎてしまったので心の中で謝っておくことにします。
ではまたノシ